今回は特別編です。いつもより良い画質で写真をお届けします。このシリーズは、約15年前の火曜の夜に放送されていたあるドキュメンタリー番組を参考に作ってみました。ぜひその番組のことを思い出しつつ読んでいただきたいと思います。



プロローグ

 JR四国には、さまざまな車両が走っている。

 平成元年に登場した、2000系。
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 平成5年に登場した、8000系。
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 平成15年に登場した、5000系。
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 そのほか、あらゆる車両がこの30年で登場し、古く性能の低い車両を置き換えていった。
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 平成29年、老朽化が進む2000系を置き換える目的で、ある車両が新しく導入された。

 2600系である。
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 この車両に、ひときわ惚れ込んだ男がいた。

 500nz(ツイッターのアカウント名を使う)である。

 彼は、平成27年から一眼レフを持ち始め、鉄道で旅行するときは必ず持ち歩く、筋金入りの撮り鉄だった。

 旅先で鉄道を見ては、写真を撮っていった。
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 そんな500nzが2600系を初めて間近で見たのは、平成29年10月のあるイベントだった。

 その日、高松運転所には、堂々とした姿の2600系が止まっていた。
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 鋭いまなざしのヘッドライト、
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 黒をベースとし、赤と金のラインが入った厳つい配色、
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 500nzは、2600系を「赤鬼」と読んだ。



 その1ヶ月半後、2600系は高徳線「特急うずしお」として、定期運転を始めた。

 500nzは、すぐに食いついた。

 初めて動く2600系を撮影したのは、定期列車としての運転が始まって4日後の、12月6日のことだった。

 18時23分、2600系は、純白のヘッドライトを輝かせ、徳島駅に到着した。
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 その7分後、2600系は4つのヘッドライトを輝かせ、徳島駅を去った。



 その翌日、15時28分発の列車をとらえた。
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 男らしい写りだった。

 2600系をもっと上手に撮りたい、500nzの闘志に火が付いた瞬間だった。

 しかし、理想的な写真は、思うように撮れなかった。

 天気が悪く、太陽光が十分に差し込まなかった。

 凍てつく寒さのため、手がかじかみ、カメラが思うように扱えなかった。

 2600系を目の前にすると手が震え、フレームから、2600系がはみ出した。



 これは、2600系を追い求め、極限まで理想の写真に挑んだ男の、壮絶なドラマである。



赤鬼を追え!!
~2600系撮影に挑んだ87日間~



 平成元年に登場した2000系は、鉄道業界に衝撃を与えた。
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 これまで不可能と言われていた振り子式気動車を、JRが世界で初めて開発した。
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 しかし、登場から25年以上たった2000系は、次第に老朽化していった。

 そこで、平成29年、JR四国は新しい特急型気動車、2600系を導入した。

 2600系は「ネオ・ジャポニズム」をコンセプトに作られた車両であり、

 車両には赤と金の吉兆色が配色された。
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 2600系が初めて営業運転に就いたのは、平成29年8月11日。その前の年に出来たばかりの、祝日だった。

 高徳線界隈は、新型車両の登場に沸いた。

 その後2600系は試運転を重ね、四国各地を巡り、数あるイベントにも赴いた。

 平成29年10月15日、2600系は高松運転所に来た。イベントで新型車両を来場客に披露するためである。

 当日はシトシトと雨が降っていたが、その威風堂々たる姿は、雨をもはじき返す形相だった。
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 そこに、徳島からやってきた500nzがいた。

 500nzはその形相に心を打たれた。まるで赤鬼のようだ、500nzは思った。
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 500nzは、2600系が早く高徳線で走ってほしいと、心から願った。

 

 平成29年12月2日、2600系が特急うずしおとして定期運転を始めた。

 500nzは、用事があって2600系の門出を見ることができなかった。

 それから4日後の12月6日、動いている2600系を、500nzは初めて撮影した。
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 さらに翌日も2600系を撮影した。
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 しかし、写り方のバランスが悪かった。500nzは、この写真の出来に納得がいかなかった。

 10日後、学校が休みだった500nzは、2600系の撮影に出かけた。

 昼12時過ぎ、2600系が来た。
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 雄々しい顔つきが、太陽に映えていた。

 折り返しの列車がところを撮影し、腕ならしを終えた。
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 2時間後、再び500nzが現れた。さらに腕ならしをし、再び来る2600系に備えた。
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 15時28分、目標である2600系が来た。500nzはカメラを構えた。
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 しかし、冷たい外気にさらされた手は、思うように動かなかった。

 意地でカメラを操作したが、2600系はフレームからはみ出してしまった。惨敗だった。

 その2日後、500nzは再び現れた。この日はくもりだったが、日が差すわずかな可能性にかけてやってきた。

 しかし、その祈りは通じなかった。
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 500nzは、肩を落とした。

 その2日後にも500nzは現れた。天気は快晴。前みたいなヘマはしない。500nzは奮い立っていた。

 手の冷えに注意しつつ、500nzは腕をならしていった。
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 準備は、万全だった。

 そのとき、2600系が来た。
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 後ろ向きの2600系が、撮れた。500nzは、成功を確信した。

 15時28分、いよいよ勝負の時が来た。

 しかし、ここで手が震えはじめた。重圧に、耐えられなかったのだ。

 手の震えと戦いつつ、500nzはシャッターを切り続けた。

 しかし、2600系はフレームからはみ出した。その写真は、使い物にならなかった。

 「絶好の大チャンスを逃した。」 500nzは、己の心の弱さを恨んだ。



 帰省のため、500nzは12月24日に徳島を去った。後味の悪い、年越しだった。



つづく