500nzが徳島に帰ってきたのは、平成30年1月8日のことだった。

 その翌日、1月9日、500nzは撮影に挑んだ。それは、心の弱さとの戦いだった。

 14時頃、500nzは撮影場に到着、それから腕を温めていった。
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 しかし、500nzの心は、晴れなかった。

 15時20分、2600系がやってきた。年が明けてからは初めて見ることになる。
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 その8分後、折り返しの高松行きがやってきた。異様なまでに鼓動する心臓が、煩わしかった。

 500nzは、深呼吸をし、心を鎮めるため最大限の努力をした。そして、無心でシャッター切った。
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 ほんの一瞬、500nzの表情が和らいだ。

 しかし、時間がたつと、心がくもっていった。

 「ヘッドマークが、表示されていない。こんなのは、完成とは言わない。」

 500nzは思った。
 
 その翌日、500nzはぶっつけ本番で挑んだ。腕ならしが過度に緊張させると思ったからである。

 15時28分、目当ての列車が出発した。500nzは、構えた。

 そのとき、昨日感じたはずの苦しみが、感じられなかった。心が鎮まったのである。

 500nzは、無心でシャッターを切った。

 列車が通過すると、500nzは急いで写真を確認した。
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 2600系は、フレームいっぱいに収まっていた。ヘッドマークも表示されていた。これ以上ない出来だった。

 500nzの口から、喜びの声が上がった。久しぶりに、笑みが戻った。



 こうして、2600系を通して行われた心との戦いに、幕が下りた。



エピローグ

 500nzは、その後も2600系を追い続けた。

 1月11日、徳島に雪が積もった。時刻になると、500nzは撮影場に駆けつけた。撮影は、たやすいものだった。
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 その翌日、カメラに取り付けるバッテリーグリップを購入した。次の日、さっそく、その使い心地を試した。
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 カメラを縦にして撮影。バッテリーグリップがないときより、ずっと撮影しやすかった。

 気分は上々だった。

 さらに、ほかの車両を撮るために、この撮影で培った技術が生かされることになった。

 1月16日、500nzはいつもの撮影場に訪れた。

 2600系撮影の腕ならしのつもりで来たら、N2000系の試作車がやってきた。

 500nzは、全く動じることなく、シャッターを切った。
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 ブレのない、安定した作品が撮れた。

 その1時間後、2600系がやってきた。まっすぐ伸びる2600系の姿を収めた。
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 2月に入り、500nzはさらなる挑戦をした。

 2月9日、500nzは徳島駅構内に入り、駅に止まっている2600系を撮影した。
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 3ヶ月ぶりに間近で見る2600系は、想像以上に猛々しかった。

 18時30分、450馬力のエンジンを1両に2機積んでいる2600系が、高松に向けて出発した。
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 四国の気動車の中では、最高出力である。力強いエンジン音に、500nzは心を躍らせた。

 2月14日、関西からの旅行から帰ると、2600系の撮影に駆けつけた。

 いつもと違う場所からの撮影である。鉄道車両が新鮮に見えた。
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 15時20分、2600系がやってきた。
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 その8分後、折り返しの列車が来た。
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 わずかに赤くなった太陽光に、2600系が輝いていた。

 それからは、その場所での撮影に挑んだ。2月18日から、納得がいくまで通った。

 天候がよく、なおかつ6つのヘッドライトが灯った状態はなかなか実現されなかった。
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 しかし、6日目の23日、ついに待ち望んだ状態が訪れた。500nzは、無心でシャッターを切った。
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 2600系は、画面いっぱいに写った。大きく力強く写った2600系に、500nzは心を奪われた。

 この挑戦を通して、ある能力が身についた。鉄道車両を、フレームいっぱいに力強く撮る能力である。
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 さらなる鉄道の魅力を見いだすため、挑戦は、これからも続く。



赤鬼を追え!!
~2600系撮影に挑んだ87日間~

参考文献
JR四国2600系気動車
https://ja.wikipedia.org/wiki/JR%E5%9B%9B%E5%9B%BD2600%E7%B3%BB%E6%B0%97%E5%8B%95%E8%BB%8A



おわり