土佐日記とは、平安時代に紀貫之によって書かれた文学作品。文学については詳しくないのでよく分かりませんが、Wikipediaで検索して調べたところ、紀貫之が勤めを終えて土佐国から京に帰るまでに起きた出来事を記していったようです。

 それから1000年以上の時が流れ、土佐日記が著された当時は2ヶ月近くかかっていたのが、現在では4時間くらいで行けるようになりました。今回の記事は、そんな令和時代に行ってきた高知遠征のおはなし。一人暮らしを始めて以来一度も高知で泊まったことがなかったこと、土佐くろしお鉄道に乗ってみたかったこと、宿毛駅に行ってみたかったことが元々の理由でした。

 さらに去年8月に、新型振り子式気動車2700系が華々しくデビュー。これにより2000系は近い将来引退することがはっきり分かり、実際に2700系の登場と引き換えに2000系が何両か廃車となりました。後悔しないうちに2000系に乗っておきたいと強く考え、今回の旅を考えつきました。

 今回は令和最初の遠征ということもあり、超豪華版となります。JR四国の特急型形式が全部登場。高知でしか見られなくなった緑のアンパンマン列車も、10年ほど前に新しくなったクジラドームも登場。さらにもう見られないトロッコ列車も、四国オリジナルのジョイフルトレインも登場。とにかく豪華な内容となりますので楽しみにしてください。



 令和元年11月16日、その日は雲一つない晴天で朝を迎えました。バースデーきっぷを携え朝8時前に徳島駅の改札に入るなり、早速撮影を始めていきました。留置線には、うずしお1号として走ってきた2600系がいました。
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 2600系は、平成29年12月に登場した特急型気動車。本来ならこの車両を増備し老朽化した2000系を置き換える予定でした。ところがこの車両が採用した空気バネ式車体傾斜装置では、カーブの多い土讃線を走るには力不足いうことが分かり、量産化は断念されました。現在は、カーブの比較的少ない高徳線を中心に走っています。

 2700系が登場して少し影が薄くなった2600系ですが、久々に撮ってみると雄々しい姿は健在でした。とりわけ側面から撮ったものがとてもかっこいいです。
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 さらに逆光の状態でも撮影。車体は主にステンレスで作られているため、光沢が強いです。
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 朝8時過ぎ、特急剣山2号が到着。今回はそんなに力を入れてこの列車を撮るつもりはなかったので、記録程度に。
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 さらに約10分後、N2000系運転の特急うずしお3号が到着。試作車2458連結です。
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 さらに牟岐から特急むろと2号が到着。うずしお3号と並びました。
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 2600系が登場するまでは、ほぼ全ての特急うずしおにN2000系が使われていました。しかし去年の9月の2700系大量導入によって半分以上が2700系に置き換えられたため、現在は岡山直通列車とその使用車両を高松まで出し入れする運用だけが残り、N2000系うずしおはわずか4往復となりました。

 一方、特急むろとは去年のダイヤ改正までは1日3往復ありましたが、利用者減少と徳島~阿南パターンダイヤ化のあおりを受けて1日1往復まで減便されました。一昔前には両者ともに比較的数多く見られたのに、現在は数が減って見づらくなってしまいました。車両は撮れるうちに撮るべきだということを痛感させられる思いです。

 そのN2000系うずしお3号→6号で、一度高松駅に向かいます。
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 高松駅には定刻通り到着。
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 そのまますぐに岡山駅を目指して出発していきました。
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 徳島駅の時点で乗客が多かったです。土曜日の朝8時、観光に出かけるにはうってつけの時間帯。さらに乗り換えなしで新幹線に乗れるということが、乗車率の高さだったのでしょう。少しだけ駅で撮ります。
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 右の車両が8600系。予讃線の新たな特急型電車です。特急しおかぜ・いしづちを全て電動化する目的で導入されました。この車両の登場によって2000系がしおかぜ・いしづちが徐々に減らされていき、2016年のダイヤ改正で完全に姿を消しました。現在は、1日6往復で岡山・高松~松山を結んでいます。2018年からはGW等の多客時の8両しおかぜにも用いられるようになりました。

 8600系に乗ったのは、2年前に松山に行ったときの帰りが初めて。しかしそのときは宇多津~高松の代走としてしか乗らなかったため、本格的に乗ったのは去年3月の松山遠征が初めてでした。乗り心地が微妙と聞いていたので恐る恐る乗り心地を確かめるようになりましたが、さすが新型。振動はほとんど抑えられており、レール上を滑っていくかのような感覚でした。

 ただし8600系は2600系と同じく空気バネ式車体傾斜装置を使っているため、車体傾斜角は振り子式車両に比べて小さくカーブ上ではGを強く感じました。乗り心地の悪評はここから来たのでしょう。8600系は今のところ増備計画はありませんが、8000系が引退するとき再び増備されるかもしれません。今後の活躍に期待しましょう。

 その後いったん改札を出て外へ出ました。すがすがしい秋晴れだったため、シンボルタワーや高松港が一層鮮やかに写りました。
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 さらには高松駅も。
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 そろそろ次の列車の時刻が迫ってきたので、改札内に戻ります。

 さっきのいしづち5号が出発し、代わって8000系いしづち7号がホームに止まっていました。となりは快速マリンライナー22号です。
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 8000系は、JR四国初の特急型電車。1992年に岡山・高松~新居浜以東でプレデビュー。そして1993年に予讃線高松~松山~伊予市が電化されると本格デビューを果たし、予讃線の疾風として君臨しました。2004年頃には指定席部分がリニューアルされ、外装も一新されました。それから15年近くがたち、今はすっかりなじみました。デビューから今年で28年となるので、そろそろ今後の動向が気になるところです。

 10時過ぎ、3番のりばにはうずしお7号となる列車が入線。キハ185です。
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 JR四国の多くの特急列車が民営化以降の車両を使っている中、この特急うずしおには令和時代となった今でも昭和時代の車両が使われています。2600系の登場以来1日1往復の運転ですが、土日祝日を中心に増結される「ゆうゆうアンパンマンカー」を連結するためその存在感はほかの形式にも劣りません。この日もゆうゆうアンパンマンカーは多くの子どもたちで賑わっていました。今度はこの列車に乗ります。

 10時10分、うずしお7号は定刻通り発車。同時にマリンライナー22号が出発したため競走となりましたが、出力のより大きい電車に勝てるはずもなく、先に出たのにあっけなく追い抜かれて予讃線と分岐しました。その後N2000系に比べるとまったりとした走りで高徳線を走っていきました。

 特に違いが大きかったのは曲線区間。さっき乗ったN2000系ではさほど減速せずにカーブを曲がっていましたが、キハ185は車体傾斜機能を搭載していないので、しっかり減速してから曲がっていました。そして日頃からN2000系ばかり乗ってきたので、カーブを曲がるとき体の傾きが足りず違和感を覚えていました。11時25分、定刻通り到着。
_DSC5033 所要時間は、1時間15分。下り特急列車では2番目に所要時間の長い列車でした(最も長いのは1号で、1時間19分。この列車はオレンジタウン、板東でそれぞれうずしお2号、4号の交換待ち。さらに勝瑞で4分停車)。全く同じ停車駅の列車がなかったので単純比較がしづらいですが、うずしお7号の停車駅に加えてオレンジタウン駅に止まるうずしお19号(2700系運転)の所要時間が1時間8分であることを考えると、二通りの考え方ができます。

 一つ目は楽観的な考え方。高松~徳島の営業キロが74.5(km)という短距離なのに、2700系はキハ185に比べて7分も短縮しているという考え方、もう一つは悲観的な考え方で、高性能な車両を投入しても運転距離が短いので、時短効果はたった7分だけしかないという考え方。キハ185が特急うずしおとして今でも根強く残っている理由の一つが、このうち悲観的な考え方に起因するのかもしれません。

 次の列車は、剣山5号。うずしお7号の車両をそのまま使います。12時01分発のため、それまで撮影と昼食の確保をしてきます。2番のりばには、2700系うずしお8号が停車中。
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 11時31分、うずしお8号は定刻通り出発。
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 昭和世代と令和世代が並びました。
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 実は昭和世代と令和世代の特急型車両が営業運転中に一度に見られるのは、今のところ(2020年1月現在)これと岡山駅でのやくも&南風しかないんですね。ここにN2000系が入ると、昭和、平成、令和の3世代がそろうのでもっと作品としての完成度が高くなると思います。まあ、それに関してはそのうちサフィールとE257系がどうにかしてくれるでしょう。

 昼食を買いにいったん外へ。
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 徳島駅前にはわりとコンビニが充実していて、駅ビルを出れば左手奥の方(ホテル1F)に1軒、反対の右手奥の方(ポッポ街入り口)にも1軒あります。ちょっと軽食を買いにいくにはとても便利です。少し遠いですが、駅ビルを出て真正面にあるホテルサンルートの1Fにもファミリーマートがあります。

 そんな便利なコンビニは、近年人手不足で苦境に立たされています。コンビニでは、軽食を買う、Amazon等の荷物を受け取る、コンサートなどのチケットを買う事ができるため、今や自分たちの生活に必要不可欠なものとなっています。なくなっては困るため、令和らしく技術革新をもってこの苦境を乗り越えてほしいところです。

 残念ながら人手不足をすぐに解消することは難しいです。そこで外国人労働者を増やしてその不足分を補おうというのが最近の傾向ですが、そういう短期的な考えだけで解決するだけでなく、長期的に少しずつ解決していく方法を、我々は考えていかなければならないのかもしれません。

 少し小難しいことを考えつつ、昼食を購入。再びホームに入り、剣山5号の出発を待ちます。
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つづく